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日本では、蕎麦、ラーメン、うどんなどの麺類をすすって食べる習慣があります。すする(啜る)ことによって麺類をよりおいしく味わえるという要素が確かにあります。
ところが、食物をすすって食べる習慣を持たない文化圏は多く、音を立ててスープやパスタ(スパゲティー)などをすすって食べる行為がマナー違反となる場合もあります。
すするという動作は、「空気と共に吸い込んだ液体や食べ物を口腔内にとどめつつ、空気だけを気管に送り込む」ことです。この時、口腔内における液体や食べ物と空気との分離作業が上手にできないと、気管に液体や食べものが入ってしまい、むせてしまいます。
むせることにより異物が気管や肺に入ることが防げるので、むせることは体の健康を守るための重要な反射です。このむせる反射が低下している場合には、「窒息」や「誤嚥性肺炎」を引き起こしてしまうことがあります。
乳幼児、高齢者の方や神経筋機構の障がいをお持ちの方では、気管や肺に異物が入らないように食べることを最優先にすべきですので、無理にすすって食べることを目指してはいけません。
私たちが、麺類をすすれない方々を何人か観察したところ、「これまですすって食べたことがないのでやり方がわからない」という方と、「呼吸や咀嚼の機能が不十分なのですすることが難しい」という方の2つのパターンがあると感じました。
まず、「これまですすって食べたことがないのでやり方がわからない」というパターンです。私たちの知り合いの欧米人でも同じ方がいらっしゃいました。すなわち文化的に「すする」という動作がないのでやりかたに慣れていないということです。日本のご家庭でも、親が「すすって食べる」ことを日常的に行わない場合、お子さんはすすって食べたことがないまま成長するかもしれません。また、すすって食べること自体に抵抗感があり、パスタやスープと同様に蕎麦やラーメンも音を立てずに食べる習慣をお持ちで、「すする動作」に慣れていない方もいらっしゃると思います。このような方々は、機能の問題がないので、コツさえつかめばすぐにすすって食べることができるようになります。コツのつかみ方は後に述べる練習法をご覧ください。
次に、「呼吸や咀嚼の機能が不十分なのですすることが難しい」というパターンです。特に、鼻呼吸と口呼吸が使い分けられない人は麺類をすすることが難しいと思います。この場合には、呼吸や咀嚼に関連する筋肉の機能訓練が必要なことがあります。今回テレビ局からお声をかけていただいた理由は、私たちが行っている「口腔筋機能療法」が「ラーメンをすすれない」という問題の解決に役立つのではないかと思っていただいたからだそうです。(口腔筋機能療法は主に矯正歯科や小児歯科などの診療室において歯科医師および歯科衛生士の指導のもとに行われており、口腔機能を改善し、歯列に加わる筋圧を適正化するための訓練法です。)
機能的な理由で麺類をすすって食べられない方に共通して認められる問題は「鼻呼吸と口呼吸の使い分けが難しい」ということです。アレルギーやアデノイドなどで鼻呼吸が阻害されると、日常的に口からも呼吸をするようになりますが、この際、口だけで呼吸するというより、口を半開きにして鼻と口の両方で呼吸をするというパターンが認められることが多いです。このような方は、鼻詰まりが解消されても、鼻だけで息をする感覚が養われていない場合があり、鼻呼吸と口呼吸の使い分けが上手でないことが多いのです。
ものをすするときには、口をすぼめて開けた状態で、口からだけ息を吸うことが必要です。(鼻をつまんだままでも麺がすすれるのは口からだけ息を吸うということが容易だからです。)鼻呼吸と口呼吸の使い分けに慣れていない方は、口からだけ息を吸おうとしても、口だけでなく鼻からも空気が入ってきてしまい、苦しくなってしまいます。
鼻呼吸と口呼吸の使い分けが不十分な場合の改善法としては、「口を半開きにしたまま、鼻だけで息をしたり口だけで息をしたりする」という練習を行うと良いでしょう。ここで重要なのは、「口を半開きにしたまま」という点です。試しに、鼻をつまんだまま口だけで息をしてみて下さい。ほとんどの方は簡単にできると思います。また、口唇を閉じたまま鼻だけで息をしてみて下さい。鼻詰まりが強くなければ、鼻だけで息をすることは比較的容易なのではないでしょうか。次に、鼻をつままずに、口を半開きにしたまま、口だけで息をしてみて下さい。いかがでしょうか?この時、戸惑いを感じてしまう方、あるいは鼻からも息が入ってきてしまう方は、まさしく鼻呼吸と口呼吸の使い分けに慣れていない状態です。
口だけで息をしている時には、舌の奥の部分が下がった状態であることに対し、鼻だけで息をしている時には、舌の奥の部分は軟口蓋および口蓋垂(のどちんこ)と接した状態になります。鏡でご自身の舌とのどを観察しながら、口を半開きにしたまま鼻だけあるいは口だけで息をする練習すると良くわかると思います。
口を半開きにしたまま、鼻だけで息をしたり口だけで息をしたりする練習を通じ、鼻や口を通る空気の流れと、その際の舌の奥と軟口蓋の動きを感じることが、鼻呼吸と口呼吸の使い分けの訓練に役立ちます。
時には、舌根部(舌奥)または軟口蓋の機能自体が低下している方々もいらっしゃいます。その場合には「ガラガラうがい」を毎日行うと機能の改善に役立ちます。
そして鼻呼吸と口呼吸の使い分け」ができるようになれば、麺類をすすって食べられる事に一歩近づきます。
私たちは、「すする」という行為に関し、特にマナーの面で、「日本の常識は世界の非常識」という面が多々あるということを認識しています。
すする音を非常に不快なものとしてとらえる文化圏に属する方々もいらっしゃいますので、時と場合により麺類やスープ類(汁物)の召し上がり方を使い分けることが必要なのではないかと思います。ちなみに私たちは普段はラーメンや蕎麦をすすって食べていますが、外国人と会食をする時には決してすすりません。
最近では、蕎麦やラーメンをすすって食べることは、日本人にとっての「文化」であり、「粋」な行為であることを理解している外国人もいらっしゃり、果敢にお蕎麦やそうめんをすすって食べることで、日本文化を体験しようと思っている方々も目にします。
しかしこの方々ですら、すすり食べに関しては本来は抵抗感をお持ちの人がいらっしゃるのではないかと私たちは思います。それは、幼少の時から家庭で母親や家族から、スープは音を立ててすすってはいけませんとしつけられるのがあたりまえであるという文化圏もあるからです。
また、私たちは、食物をすするかどうかということも時には重要ですが、「口唇を軽く閉じて鼻呼吸をしながらしっかりと奥歯で咀嚼する」ことこそが、食物の味と香りを堪能するための要件であると思っています。
すすって食べることがなかなかできない方でも、一口をお口に入れたら、口唇を軽く閉じて、鼻呼吸をしながらゆっくりと奥歯で咀嚼し、食物の味と香りを舌と鼻で十分に感じた後、落ち着いて嚥下することを心がけることで、おいしさを十分に堪能できると私たちは確信しています。